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The Memories to... 《 i'm in here now. (特に意味は無い。ただ今ここにいるだけ)》 ( 旅の断片的な記憶 言葉の葉切れ )

今までの旅の追想録。不定期に更新。 読んで頂けた方、ありがとう。何らかになりましたら。 気長にお待ちください… (※当物語はあくまでフィクションであり、人物・地名・団体は実際のものとは何ら全く関係ありません。)

I'm here now._006 - Salvadol, Bahia, Brazil (2004, 2005)

《 サルバドール (Salvadol, Bahia, Brazil)_2004, 2005 》

バイーア、サルバドール。
光に影を濃厚に落とす陽気なアフリカンの街だ。
町中、至るところにお土産品の絵画やお土産用のカポエラグッズが立ち並んでいる。
日本人も多く、観光に来ている人から本場のカポエイラを学びに来ている人たちまで。
僕はこの町に、マピアでのアヤワスカ体験の前後を挟んで立ち寄っていた―。

宿を日本人には有名らしい「青い家」にとり、裏路地を歩くと子供がタバコの空箱に入れたマリファナを売りに来る。
「10 Reals?(デース ヘアイス?)」
何それ?て聞くと「マコーニャ(マリファナ)」て答える。良さそうなネタだったから買った。子供もかわいかった。
路地に面した石のアパートの三階くらいから何だか音がして、見上げると「あっちいし、もーどーでもいーよ」て風体の半身裸の白人が暑そうに窓から身をもたげていた。顔は憔悴しきっていながらも笑顔だった。音は彼の部屋からのラジカセの音らしかった。ラジカセのレゲエかダブのビートが大きな音を通りに響かせ、ぬったりと暖かい空気に溶けていっていた。

バイーアだ!

ペロリーニョと呼ばれるその一帯、レンガがぼこぼこと道を埋めるその通りを歩き出した。
エネルギーが充満しているんだ!通りに!
うねうねとアップダウンの坂道、どこまでも続く。長く歩いてるのか短い距離なのかが全然わかりゃしねー。とにかくとにかくぐんぐん進む。足が痛んでもうねうね歩く!

どこに行ったのかも憶えていない。誰かと会ったのか―。どこかのカフェに立ち寄ったのか。坂を下ったところに良いカフェがあるよって聞いたか―。カポエイラの日本人三人組に会ってプレーゴさんて女の人と話したか―。
今日着いたって話をしてぼくのグレーのオスプレーの60Lトランスポーターを見て「私同じの90Lの色違い!」て話を関西弁だったかで話してくれた―ときがあった―、がこのときではなかったか―。どうだったろう…。

体格のいい爽やかだが癖のある白めの日本人の彼ー。足元は黄緑のハワイアナスのゴムサンダルだった。いかにも、て感じで足元が黒く汚れてて本当にかっこよかった。
石川県の金沢の人だ。

真面目な面持ちのリュウ?なんとかくんは髪を編み上げるためだったかでロン毛にしていた。
関東、東京の人だったと思う。

ヒロくん、一番若くて20歳だったー。尖んがってたけど色々話してくれたり教えてくれたりしたっけ…ー。
(マピア後に再会。そのとき彼はなんとビザ切れてもそのまま滞在し続けることにしていたー!手持ちの十徳ナイフで路上でお土産用のビリンバウを削り作っていたー!一緒に何かのリズムで踊ったっけ… すごいタイコの叩き方をしていた 道なき道を選択した彼… 少し悩んでもいたようだったけど輝いて見えたさ! …ぼくもそのまま「違法でノービザで居続けてもいいな…」て思ったっけ どこの誰でもない自分になる…)
東京の人だったと思う。

そんなカポエイラ組に混じっていつだったかの夜に同じクラスのオージーの女の子が風邪だったか何だったかでお見舞いにいくってのを一緒に行かせてもらったな
暗い明かりのない道を、階段を降りていく
明かりのない部屋 僕らが行って部屋はいっぱいだ…
ベッドから身を起こした白人の女の子…

マピア後に会った、オサムさん。カラスのような黒く艶のある背中中頃まである長い髪。渋谷で道売りをしてるって言っていた。旅経験が豊富で旅の話を聞かせてくれた。ペルーのリマにいたときに母ちゃんがリマまで会いに来たなんて話をしてくれて、一緒に笑った。
それで一緒にいたヨッシー(?)さん。
バレエをやってるって言ってた。オサムさんとそんな話を一緒にしたのもヨッシーさんの借りてる部屋だった。ブラジル人の可愛い彼女と一緒に住んでた。
ヨッシーは色んなことに才能があるんだよね」なんて二人の時にオサムさんは言ってた。
ヨッシーさんがマンゴを切ってくれてみんなでかぶりついて食べた。
(オサムさんとはその後、日本のフェスやパーティー、出店イベント、知人の店で再会を果たした。)
ヨッシーさんは、サルバドールにて日本人宿『ナヲヤド』を営むナオヤさんが毎年そのときにサルバドールを訪れた旅人を率いて作りカフナヴァルにパーカッション楽団(グルーポ)の一つとして参加する「ナタカトシア」の一員としてその活動に参加していた。
当日、僕やオサムさんもその一団を追いかけた。
オサムさんはカミ食ってた。素晴らしいとしか言いようのない笑顔でガン踊りしながら後をついていっていた。

関東で建築業やってたって、色黒でいつも上半身裸のマッチョな?さん。一団の誰かのお尻に「この~!」とか言いながらパンチをしにいっていた。

関西の少しさわやかタッチの?くん。僕が愛知県出身だと知ると「愛知はトヨタがありますけど、大阪はダイハツがあるから大丈夫(旅出ても)なんですよ!」と言っていた。

名古屋の?。キツネ目でひょろっとして髪が長かった。青い家の屋上で、沖縄出身で埼玉から来たトーマくんと一緒に三人で吸った。
カフナヴァウ当日には一団について来てた。怒ったような不機嫌な顔つきでカラダを左右アンバランス(左肩上がりだったか?)にして飛び跳ねるようにして踊っていた。

新潟の?くん。グルーポの一員でカポエイリスト。長いドレッドでバイアーノ並の皮膚の黒さに焼けていた。ものすごいムキムキでガタイがガッチリ良く顔立ちもかっこよかった。イケメンという顔立ちでなく何というか…男くさかった。無口で優しそうだった。動物のような風体。そしてお洒落でセンスも良かった! だいたいの男性、男側から憧れられるという雰囲気とキャラクター、容貌だ。
当日は上半身裸で、赤いタイパンを履いていてよく似合っていた。
新潟から一連の東京のカポエイラクラスに通っていると人から聞いた。
ナヲヤド内でのだれだれちゃんとの恋愛話があって互いに想い合っていて、その行方は…云々なんて話をトーマくんだったか誰かから聞いた。
オサムさんやヨッシーさんと話したときがあったが、そういった「あいのり」ノリみたいなものが少しナヲヤドにはあるようだった。
大体の男性陣からのアイドルは京都の?ちゃんとのことだった。確かに綺麗で顔立ちや雰囲気もいい感じの人だった。日に焼けて、そのときほとんどの人がそう見えたように、奥まで透けて見えるような瞳をして、大きなタイコを両手のバチでドーンドーンと叩いているのが印象に残っている。

マピア後のサルバドールで会った大阪の?くん。(※追記する)
「ナオヤ連中に媚びて〇〇入ってんのか!」て言葉を突き付けたまばらに禿げた頭のガタイのいいオッサン。
一緒にビール飲んだ。

シャーマンになりたい宇宙人アンテナみたいなのがついたヘアバンドをつけていたロン毛でやさイケメンのような風体で背の高い?くん。

アヤワスカ体験があって腕に天空光と文字を墨入れたナントカって人。「アヤワスカは本当にごくたまにでいいよ。自分と本当に向き合いたい時」と言っていた。

サイケデリックなTシャツを着て、少なくなった髪を伸ばし放題にした、小学生のような雰囲気のおじさん。当時はどうしてもぼくは受け入れられなかった。誰かからトランスが好きなんだというような話を聞いたと思う。

在日韓国人で九州から来たうねった長い髪を持つ恰幅のいい男。豪胆で繊細な魂だった。グルーポの一員。まさに火、焔。(※追記する)

沖縄出身で埼玉のトーマくん。なぜかぼくは彼に惹かれてしまった。親しみやすいというかなぜかとっつきやすさを感じてしまったのだろう。全然関係ないのだが、ぼくがグラフィック・デザインの専門学校に行っていたときに少し仲の良かった知人に顔立ちに共通するところが見受けられたことに起因する。それに少し訝しがりながらも色々話をしたり面倒をみてくれた。名古屋の?と三人で青い家の屋上でジョイントを巻いて吸った。「ボンですな」なんて言ったりしたかもしれない。二人ともニコニコとしていた。そのときには名古屋の?も大きく見えた。サルバドールの夜の空は赤みがかるので、それが何でかなんて話をしたように記憶している。どっかが赤い光を発している、町の灯りが空を赤くしているというように話したと思う。マピア前に会っていて、葦の葉(だったか何だったか)で編んで作った(と言っていたように思う)小さいスケボーを使っていた。ナヲヤドのグルーポに参加する、そのためにここに留まる、と言っていた。そんな機会無いから、と。中肉で、白いタンクトップに破れたジーンズを穿いていた。黒か紺色のニットキャップか、タムのような帽子を被って髪をボサボサにセミロングにいかないくらいか伸ばしていた。口ヒゲと、頬と顎にヒゲがあって、沖縄人らしい濃い顔立ちだった。
みんな独りで決めて、ここに来ていた。
マピア後に来てまた会った。グルーポに、首から下げるプラスティックのしなるバチで叩く中くらいのタイコの一員として参加していた。
アヤワスカのせいなのか、マピアでの体験で少しパニック気味なのか正気を失って世界や感覚と完全にズレている僕と会って、「まだアヤワスカ抜けて無いから!」なんて笑って言ってくれた。
ブルーハーブの話をした。リリックやスタイルはああいう風だけど、言ってることは合ってると思う、というように言っていた。

グルーポの一員で、参加するのは二度目だという京都のドイスさん。すごく親切にしてくれた。ナヲヤドのことやサルバドールのこと、色々案内や内容は憶えていないが話をしてくれた。本当に手厚い、親切で、グルーポの活動や旅に対して情熱と、熱い想いと魂を持った人だった。
「何でドイスなんですか?」と聞くと、単純に「ウン、ドイス、トレース(ポルトガル語の1、2、3)や」と言っていたと思う。
ハンチングを被ってタンクトップを着ていた。痩せた体つき。
後に日本で、愛知県は岡崎市にあるイオンモールの前を、ドイスさんとおぼしき人が車の後部座席に乗って少しの不安と驚いた様子、放心気味で口を開けた表情で辺りや建物を見回しながら、が通過していったのを、ぼくは目撃している。

ナオヤさん。角張ったほお骨で色白。神様タッチに伸ばした黒い髪の毛。訪ねたときに2階の階段からドタドタと股間の局部が膨らんで見えるブラジリアンブリーフ姿でドタドタと降りて来る様が懐かしい、印象に残っている。
後にyoutube上で拝見したら、髪を短くカットしていて、白髪が混じり、また違った落ち着きと風格が出ていた。時間が経ったのだなとホントに感慨深い。
マピア前にお会いして、アヤワスカを飲みに行くつもりだと言うと、「サント・ダイミ自体は聞いたことがある。アヤワスカ自体は良いものだと思うんだけど、結局はそれを使う人だと思う、宗教で集団でやるのはどうなんだろう…」というようなことを口にされていた。
マピア後にサルバドールの路上で日中お見かけした。
日本から来られたきれいな彼女と一緒にいて、アヤワスカ上がりで世界と大分ズレのある僕が無理に親指をグッと立てると、あまり見たくないものを目撃したようにビクッとされて、挨拶を返してくれた。彼女さんは笑っていた。
当日はサイケデリックにペイントした白い布を身にまとい、パーカッションを連打していた。グルーポを指揮し、まとめ、路上に氾濫する地元のバイアーノ、バイアーナたちから「ジャポネース、ムイトボン!(日本人とってもいいね!)」なんて称賛されていたように憶えている。
人から聞いたところによると、何でもナオヤさんがトラベラーとしてブラジルにいたときに、そのときの大統領からの恩赦で、そのときブラジルを旅していたトラベラー全員に永住権が与えられるといったことがあったそうな。(スーパーラッキーじゃん、それ!)それでナオヤさんはそのままブラジルに居着き、ここサルバドールにて日本人宿『ナヲヤド』を開いたんだと。本当には、ホントかどうかは知らない。

もう完全に出会った日本人の人物紹介になってしまった。それほど多くの日本人と出会った。

(未完了。要編集&まだ書き足す。更に、また思いだし次第、まとまり次第書き足す・編集し直す。)