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The Memories to... 《 i'm in here now. (特に意味は無い。ただ今ここにいるだけ)》 ( 旅の断片的な記憶 言葉の葉切れ )

今までの旅の追想録。不定期に更新。 読んで頂けた方、ありがとう。何らかになりましたら。 気長にお待ちください… (※当物語はあくまでフィクションであり、人物・地名・団体は実際のものとは何ら全く関係ありません。)

コラム_01 - 食べるということ

最近では、ブレサリアン(不食者、プラーナ摂取、呼吸のみ)の存在の認知も高まり、食べることが必ずしも生や命を繋いでいるのでは無いということも明らかになってきた。

 

それでも『食べる』ということを選択すること。

 

味噌汁を音を立ててズーッと吸いたくなる。こめかみの快楽を感じながら。胃袋に染み渡り胃袋から湧き上がる絶大な感謝の念だ。

 

<一旦、保存>

I'm here now._004 - Porto Seguro, Bahia, Brasil (2004)

ポルト・セグーロ Porto Seguro, Bahia, Brasil (2004)》

 

(※一旦、メモのみ)

ビルスティック 変な観光施設 少年の夢と現実

シダーヂ・イストリカ

ディディオ

マリオ 空手対カポエラ

クレートン

ロバの背と白髪の老人

カポエイラ

ライクアボビマーリ 帽子の話

草刈機(トランコーゾ?)

I'm here now._005 - Morro de São Paulo (2004)

《モーホ・ヂ・サン・パウロ (Morro de São Paulo, Bahia, Brazil (2004)》

 

どこからどう行ったのか…

おそらくこの前に居たバイーア州ポルト・セグーロからバスで陸路を伝い、サルバドールに行くルートにこの島を挟んだのだ。ここから船でサルバドールへと向かおうと。

道中に、どこかで誰かから、「Morro de sao pauloはGoodだぜ!」てな情報か何かを聞いたのだろう。もしくは『あるきかた』でそうルート決めたのか…

 

とにかく来た。

到着して、割りと近代的で洗練されたような服屋やお土産屋やポザーダ(安宿)群を抜けて、ビーチやそこで遊んでる人たちをくぐってとにかく歩いて奥のほうに来て、またちらほらあるポザーダに何件か値段を聞いて、一泊30Rs、40Rs(当時1R約40円くらい)くらいのおばちゃんのとこに宿取ったと思う。他の地域よりちょっと高めだと思ったかもしれない。

 

宿の部屋でバックパックを降ろして、海パンに着替えたんだろう(おそらく)。

ビーチに行って浅瀬のぬる暖かいきれいな水でひとりでパシャパシャやってた(んだと思う。)何かチラチラこっちを見るとか気にしているロン毛クルクルマロン色ヘアーの親父さんがいて、近くになったとき声をかけてきた。

「ニホンジン?」

て具合だったと思う。

当然、「あ、日本人です~;」みたいな応えを返して、会話した。

名前を聞かれて、応えて、「名前は?」『ジョゼ』みたいな会話をしたと思う。

それで、何で日本語喋れるの?みたいに聞いたと思う。日本に居たことがある、ていったかもしれない。もしかしたら記憶違いか。だけどとにかく彼の奥さんが日系の2、3世でミチコさんという人だった。

恥ずかしそうに最後で『シッコ!』と言った。

「え?」

『ワタシ、ホントノナマエ!』

「なんで偽名を…」

『…ニホンゴデ「シッコ」…Pissノコト!」

「あー!そうか!」

Xicoさんとの出会いだった。

 

ポルトガル語でPissのことはなんて言うの?とかその後聞いたと思う。(『ダイジョーブ?(ワタシがシッコでも?)』と不安気に聞かれて「大丈夫!」という会話とかもしたかもしれない。プライア(ビーチ)という言葉を教えてくれる。ぼくもそれは知っていた。ゴストーゾ(好き!、like)とか)

うちに泊まれ、て言ってくれて僕は失礼ながらも怖々そうさせてもらうことにした。

彼は元々サンパウロで商売をやってたけど、今はそれを引き払って、ここがすごくいいとこだから引っ越してきた、てことだった。

家に行くと素敵なうちがあった。

階段で二階にあがれ、玄関があった。

階段の下に簡単な部屋があって、そこを部屋にしてくれた。

奥さんのミチコさんと息子のホナウドを紹介してくれた。ホナウドはアフリカ系で、日本の中学生くらいの年の感じに見受けられた。

Xicoのうちでの生活が始まった!

 

ーーーーー

 

玄関前にあるベランダ、プラスティックのテーブルとチェアが置かれたカフェスペースに三人で海を向いて座り、話をした。

美智子さんのニホンゴは流暢で、久しぶりに日本語の会話が出来た。サンパウロのリベルダーヂでもそうだったが、少し古風に感じる日本語の話し方をされた。

彼女の日本人からのルーツ、ここに来るまでの経緯、先祖や自分の苦労、ここでの生活、Xicoさんとの出会い、今の商売、ホナウドのこと…。

彼女はもう結構な年齢だったけど、いたって若々しかった。無駄なものを削いだ自然な婦人で、可憐な少女だった。XIcoと、彼との生活を愛していた。

「もうワタシみたいな2世とか3世になると、日本語を少し忘れてしまう」

そんなことを言っていた。

海の風が吹きまくり、空はグレーがかった雲に覆われ始めている。

美智子さんの花柄のきれいでカラフルなワンピースや、白髪混じりの長い黒い髪が風に大きくあおられている。天候に比例して、なぜか美智子さんの顔つきに凄み、険しさ、影、闇、壮絶さ…魂の記録というものなのか…浮き出ている。

Xicoは今、この島で氷を作って売っている。氷を作ることができる大きなフリーザーを持っている人間は、この島で他にいないということだ。需要があるそうだ。

(それを説明するとき、シッコは『パラ・ベビーダス!(飲み物のため!)』と言っていたと思う。それでもぼくがわからずにいると、立てた親指を口元に持っていき、『ベベー!ベベー!』と言った。※それでもぼくはわからなかったかもしれない。最終的にぼくの持っていた「旅の指差し会話帳ーブラジル」を見せて『これこれ』と教えてもらったかも※)

ホナウドは、実はXicoがどこかから連れて来た子供なんだそうだ。

「親がいない子供がブラジルにはたくさんいます。この人はそういうの子供にする、そんなん好きでホナウドもそうやってシッコが連れて来たのよ。」そんな風にミチコさんは言った。

ブラジルのストリート・チルドレンのこと、それを連れてきて一緒に暮らす人、それをどうとも思わず一緒に受け入れるミチコさん、…自然な、人のあり方、生き方、暮らし、命… 陳腐で安直な表現だが、ブラジルというところの懐の広さ(命の模様、人間模様)と接触した気がした。

もちろんそればかりで無いのだろうけども。

その反面や、色濃い影があることは、想像に難くない。

濃淡に変わりつつある空から雨がぱらついてきて、一旦場は開かれた。

ぼくも部屋に戻った。

 

ーーーーー

 

部屋には扇風機が付いている!

シングルの快適なベッドがあって素晴らしい部屋だ!

着替えたか着替えてないかわからない。それで少し休んだんだと思う。

 

夕方だろうか、外がもう暗くなってから。二人はぼくを夕飯に呼んでくれた。

アホース(陸稲米の白いご飯、このときのアホースは何か色が着いていたかもしれない)、フェジョアオン(豆を煮たやつ、ご飯に添えるようにかけてある)、ファロッファ、肉とか新鮮な野菜とかシーフードとかだったか…フェジョアーダもあったのか、何だったか詳しくは憶えていないんだけど、とにかくカラフルで素晴らしく豪華な家庭料理(コミーダ【料理、食べ物】)だった。 

…実はぼくは、…何とも失礼だと思うのだが、この時点でもまだ彼らに警戒心というか遠慮を解け切れていなかった。タダ飯!タダ宿!…これだけのことを無料で奉仕してくれるということが、ブラジルであっていいんだろうか、僕みたいな貧乏青年でも日本人だからブラジルの一般層より持ってんじゃないだろーか…それで奢ってもらってていいのだろーか…、そんな下粋な気持ちを隠し持っていた。あとでとんでもない金額を請求されるんじゃなかろーか、とか…ひどい、辛い目に遭うんじゃないんだろーか…、とかだろう。(無理も無いのだ、何しろ初めての海外だったのだ…ぼく自身がもともとにしろ疑い深い気持ちを持っているということもあった…)

 

ぼくは人よりものすごくご飯を食べる、大分多い量だと思う。「オカワリいる?」って聞いてくれるミチコさんに甘えて、色つきのアホースを何杯かお代わりさせてもらった。それでも、もっと食べたかった。でも遠慮をした。

美味しい食事だった。コーヒーか何か、飲み物も最後に出してもらったかもしれない。

シッコはおもむろに何か取り出して匂いを嗅ぎ出した。

ぼくの鼻元にそれを差し出し、同じように匂いを嗅がせた。マコーニャ(ガンジャ)だった。

『ボン?(Good ?)』シッコが言う。「ぼ、、、ぼん!」

「あなた吸う人?好き?これ」ミチコさんは何とも思わずごくあっさりとただの日常の会話としてそう言う。ぼくは何だかいいとこの子ぶって「え、ええ~…」なんて言った、と思う。

「そう?そんなら好かった。ワタシは吸わないだけど、この人これ好きなのよ」

そんな風に言った(と思う)。

シッコがジョイントを巻いている。ブラジルっぽい、グレーがかった色の草。

巻き終わってシッコはそれに燈を点ける。つんとした、一瞬ぐるっとするようなあの香りがあたりを漂う。吸って…ぼくにマワす、手渡す。

「(やっぱりクサは苦手だ!!!)」毎回こう思う。それでも無理して吸ってしまう。

何回かやりとりを繰り返す。シッコが火を落とす。感覚は変わり、鋭敏さも持つ。

お互い黙っている。いや、何か話したかもしれない。ミチコさんが、

「フマンチ(スモーカー、喫煙者)!マコニエル(大麻喫煙者)、シッコ!」

とシッコを冗談で冷やかし、罵り、囃し立てた。シッコは笑っていた(どうともしていなかっかも)。

シッコが震えている、気がした。何かに本当に小さく恐怖しているように、感じた。

それともその恐怖はぼくのものだったのだろうか。

シッコが少しグレーがかって見えた(気がする)。

 

ディナー・タイムは終わった。

別れ際に、明日の約束をしたのかもしれない。プライアと…『ガンボ(?)』に行こう。ミチコさんがそれを泥の温泉みたいと説明してくれたかもしれない。

(この辺の海はやっぱり浅瀬であったかいんだそうだ。水もすごくきれい。だから遊びやすい、シュノーケリングで熱帯魚とか見るにはとてもいい、などと聞いたかもしれない。)

 

ーーーーー

 

翌日、たぶん朝だと思う。また朝食に呼んでくれた。パオン(パン、ブラジルのパンはぼくは大好きだ!小ぶりなフランスパンみたいな感じで塩味だ!)、白い大皿にハムとかチーズ、野菜やフルーツが乗っている。好きに挟んで食べる。コーヒーも出してくれる。ブラジルでは(少なくともぼくの経験したところでは)みんなもれなく極甘にして飲んでいた(うまい笑)。

「アサイを知ってる?」

「あ、好きです」

「そうなのね、アサイは栄養がとてもあって本当に良いフルーツなのよ、でも今ないの。オレンジ・ジュースは飲む?」

「あ、頂きます」

 

食べてシッコと出かけた。快晴だ!太陽が眩しい…

浅瀬のプライア(ビーチ)の砂浜を、どこかに向かってえんえんと歩いていく。歩く。ズンズン歩く。歩いていく!

少し距離を離れたシッコの後ろをずっと追っていく。

歩く。

シッコの足取りはとても軽い。スッスク、トン、トン、トン、ポンポンといった感じか。穏やかでゆっくりとしている。ビーチもまた。でもどんどん進んでいく。光が照らしている、シッコを、ビーチを。あたり一面を。影ももちろん出来ている。

途中途中シッコは振り返り、何がしか言葉をかけてくる。

後をついて、いく。

 

広いビーチや、岩場。通り抜ける。

 

暖かい。光はずっと景色を照らしている。空、青い。広い。雲が白い。海が広がっている。

 

しばらくして、歩いていく向こうに肌色の岩、崖のようなものが見えてきた。

『ガンボ!』

シッコが指差す、ぼくを振り返る。

おお~!

ぼくらは歩いて、そして、ガンボに着いた。

『ガンボ!』

シッコがぼくの方を向いて、大仰に手を広げる。

トラベラーなのか地元の人なのか、人は結構たくさんいて、そしてみんなその肌色のズルズルヌルヌル、タプタプの半液体の泥に身体や頭をずぶずぶ埋めている。

『Vamos!(レッツゴー!)』

シッコに続いてそのずぶずぶになだれ込む。まさにズルズル、ヌルヌルな感触。

全身がヌルヌル、タプタプの肌色の泥。顔や頭にも泥をすくって塗りこむ。

シッコのウェーブのかかったロングヘアーも泥にまみれていく。ぼくの坊主頭も顔と境無く肌色の泥。

しばらく二人でセイウチみたいに泥の中を気が済むまでひとしきりのたうちまわった。

何でもこの泥が肌をすべすべきれいにするんだとか何だとか聞いた。

シッコが『カメラを持ってるか?』てぼくに聞いて、ぼくが手渡すと、それを受け取って誰かに撮ってくれるよう頼む。

二人でガンボを背に、泥まみれで肩を組んで、親指を突き出しポーズをとった。

かわいらしくポコンとお腹の出たシッコ、痩せて泥まみれのぼく。

シッコが泥のついた自分のお腹をなでて『ゴルド!(太い)』と言った。

 

ーーーーーーー

 

海水で泥を落として、今度は家に向かってまた砂浜を歩く。

青空と白い雲と光る海。

シッコが振り返って『テクノは好きか?ブッチ!ブッチ!』と口で音まねをし、曲げた両腕と両こぶしを胸の前で上下させる。「好きだ」と答える。

モーホ・ヂ・サン・パウロでもプライアでのパーティーがあるらしい。

 

カフェに寄って大瓶でショッピ(ビール)を頼んだ。銘柄はSKOLじゃなくてBRAHMAだった気がする。ビーチに並べられたプラスティックのテーブルセットに腰掛ける。

小さなガラスコップにシッコがビールを注いでくれる。『サウーヂ(乾杯)』

二人で海を眺めながらそれを飲んだ。

よく冷えていたんだと思うが、あまり憶えていない。

ブラジルらしい爽やかな、ビーチに良く合う味と飲み口だったとも思うがそれもよく憶えていない。会話もほとんど少なかったのだと思う。ビールもあまり減らなかったと思う。

そうして、二人で、特に何も必要とせず、海にいて太陽と風にさらされているのが、とても良かったんだと思う。

 

ーーーーーーー

 

そこからは本当によく憶えていない。その日も帰ってジャンタ(夕食)を共にし、またマコーニャを一緒にしたのかもしれない。恐らくその次の日だと思う。ぼくは、本当に気持ちが耐えられなくなってしまって、バイーア(サルバドール)に向かうと二人に告げたのだった。(旅を急いだせいもあるのかもしれない)

ミチコさんは、これからの旅を心配して「ポーヂ・ミ・アジュダー(ヘルプミー)」とかそういう、困ったときのポルトガル語での言い回しなんかを教えてくれた。

シッコにはメールアドレスをもらった。hotmailだった。

どのようにしてかそれで、ぼくはシッコの家から出立した。

バックパックをしょって、ビーチを船のほうに向かって歩く。途中でホナウドと二人の男仲間との三人で何やらしているところに出くわす。たぶん、タバコを吸っていたんだと思う。健康的なブラウンの肌の色にその煙というのにぼくはあまり良い印象を受けなかった。挨拶をしてもあまり良い受け答えは返ってこなかった。三人で「誰?こいつ?~ あー…なるほど」みたいな会話にしか受け取れなかった。あまり良いつきあいでもないんだろうか。ホナウドの、もしかしたら拾い子であるという彼自身の心の闇なのか、を垣間見た気がした。それは完全な、ぼくの勘違いなのかもしれない。

 

それでぼくは、エンジンボートのような小さな船で、島をあとにしサルバドールへと乗り継いだ(多分そんな感じだ)。

 

ーーーーーーー

本当にこのときほど、もったいないというか… もっとゆっくり二人やこの島と、一緒に、ずっと長く 居たかったのだった…。

 

 

《一旦、了。要編集》

I'm here now._006 - Salvadol, Bahia, Brazil (2004, 2005)

《 サルバドール (Salvadol, Bahia, Brazil)_2004, 2005 》

バイーア、サルバドール。
光に影を濃厚に落とす陽気なアフリカンの街だ。
町中、至るところにお土産品の絵画やお土産用のカポエラグッズが立ち並んでいる。
日本人も多く、観光に来ている人から本場のカポエイラを学びに来ている人たちまで。
僕はこの町に、マピアでのアヤワスカ体験の前後を挟んで立ち寄っていた―。

宿を日本人には有名らしい「青い家」にとり、裏路地を歩くと子供がタバコの空箱に入れたマリファナを売りに来る。
「10 Reals?(デース ヘアイス?)」
何それ?て聞くと「マコーニャ(マリファナ)」て答える。良さそうなネタだったから買った。子供もかわいかった。
路地に面した石のアパートの三階くらいから何だか音がして、見上げると「あっちいし、もーどーでもいーよ」て風体の半身裸の白人が暑そうに窓から身をもたげていた。顔は憔悴しきっていながらも笑顔だった。音は彼の部屋からのラジカセの音らしかった。ラジカセのレゲエかダブのビートが大きな音を通りに響かせ、ぬったりと暖かい空気に溶けていっていた。

バイーアだ!

ペロリーニョと呼ばれるその一帯、レンガがぼこぼこと道を埋めるその通りを歩き出した。
エネルギーが充満しているんだ!通りに!
うねうねとアップダウンの坂道、どこまでも続く。長く歩いてるのか短い距離なのかが全然わかりゃしねー。とにかくとにかくぐんぐん進む。足が痛んでもうねうね歩く!

どこに行ったのかも憶えていない。誰かと会ったのか―。どこかのカフェに立ち寄ったのか。坂を下ったところに良いカフェがあるよって聞いたか―。カポエイラの日本人三人組に会ってプレーゴさんて女の人と話したか―。
今日着いたって話をしてぼくのグレーのオスプレーの60Lトランスポーターを見て「私同じの90Lの色違い!」て話を関西弁だったかで話してくれた―ときがあった―、がこのときではなかったか―。どうだったろう…。

体格のいい爽やかだが癖のある白めの日本人の彼ー。足元は黄緑のハワイアナスのゴムサンダルだった。いかにも、て感じで足元が黒く汚れてて本当にかっこよかった。
石川県の金沢の人だ。

真面目な面持ちのリュウ?なんとかくんは髪を編み上げるためだったかでロン毛にしていた。
関東、東京の人だったと思う。

ヒロくん、一番若くて20歳だったー。尖んがってたけど色々話してくれたり教えてくれたりしたっけ…ー。
(マピア後に再会。そのとき彼はなんとビザ切れてもそのまま滞在し続けることにしていたー!手持ちの十徳ナイフで路上でお土産用のビリンバウを削り作っていたー!一緒に何かのリズムで踊ったっけ… すごいタイコの叩き方をしていた 道なき道を選択した彼… 少し悩んでもいたようだったけど輝いて見えたさ! …ぼくもそのまま「違法でノービザで居続けてもいいな…」て思ったっけ どこの誰でもない自分になる…)
東京の人だったと思う。

そんなカポエイラ組に混じっていつだったかの夜に同じクラスのオージーの女の子が風邪だったか何だったかでお見舞いにいくってのを一緒に行かせてもらったな
暗い明かりのない道を、階段を降りていく
明かりのない部屋 僕らが行って部屋はいっぱいだ…
ベッドから身を起こした白人の女の子…

マピア後に会った、オサムさん。カラスのような黒く艶のある背中中頃まである長い髪。渋谷で道売りをしてるって言っていた。旅経験が豊富で旅の話を聞かせてくれた。ペルーのリマにいたときに母ちゃんがリマまで会いに来たなんて話をしてくれて、一緒に笑った。
それで一緒にいたヨッシー(?)さん。
バレエをやってるって言ってた。オサムさんとそんな話を一緒にしたのもヨッシーさんの借りてる部屋だった。ブラジル人の可愛い彼女と一緒に住んでた。
ヨッシーは色んなことに才能があるんだよね」なんて二人の時にオサムさんは言ってた。
ヨッシーさんがマンゴを切ってくれてみんなでかぶりついて食べた。
(オサムさんとはその後、日本のフェスやパーティー、出店イベント、知人の店で再会を果たした。)
ヨッシーさんは、サルバドールにて日本人宿『ナヲヤド』を営むナオヤさんが毎年そのときにサルバドールを訪れた旅人を率いて作りカフナヴァルにパーカッション楽団(グルーポ)の一つとして参加する「ナタカトシア」の一員としてその活動に参加していた。
当日、僕やオサムさんもその一団を追いかけた。
オサムさんはカミ食ってた。素晴らしいとしか言いようのない笑顔でガン踊りしながら後をついていっていた。

関東で建築業やってたって、色黒でいつも上半身裸のマッチョな?さん。一団の誰かのお尻に「この~!」とか言いながらパンチをしにいっていた。

関西の少しさわやかタッチの?くん。僕が愛知県出身だと知ると「愛知はトヨタがありますけど、大阪はダイハツがあるから大丈夫(旅出ても)なんですよ!」と言っていた。

名古屋の?。キツネ目でひょろっとして髪が長かった。青い家の屋上で、沖縄出身で埼玉から来たトーマくんと一緒に三人で吸った。
カフナヴァウ当日には一団について来てた。怒ったような不機嫌な顔つきでカラダを左右アンバランス(左肩上がりだったか?)にして飛び跳ねるようにして踊っていた。

新潟の?くん。グルーポの一員でカポエイリスト。長いドレッドでバイアーノ並の皮膚の黒さに焼けていた。ものすごいムキムキでガタイがガッチリ良く顔立ちもかっこよかった。イケメンという顔立ちでなく何というか…男くさかった。無口で優しそうだった。動物のような風体。そしてお洒落でセンスも良かった! だいたいの男性、男側から憧れられるという雰囲気とキャラクター、容貌だ。
当日は上半身裸で、赤いタイパンを履いていてよく似合っていた。
新潟から一連の東京のカポエイラクラスに通っていると人から聞いた。
ナヲヤド内でのだれだれちゃんとの恋愛話があって互いに想い合っていて、その行方は…云々なんて話をトーマくんだったか誰かから聞いた。
オサムさんやヨッシーさんと話したときがあったが、そういった「あいのり」ノリみたいなものが少しナヲヤドにはあるようだった。
大体の男性陣からのアイドルは京都の?ちゃんとのことだった。確かに綺麗で顔立ちや雰囲気もいい感じの人だった。日に焼けて、そのときほとんどの人がそう見えたように、奥まで透けて見えるような瞳をして、大きなタイコを両手のバチでドーンドーンと叩いているのが印象に残っている。

マピア後のサルバドールで会った大阪の?くん。(※追記する)
「ナオヤ連中に媚びて〇〇入ってんのか!」て言葉を突き付けたまばらに禿げた頭のガタイのいいオッサン。
一緒にビール飲んだ。

シャーマンになりたい宇宙人アンテナみたいなのがついたヘアバンドをつけていたロン毛でやさイケメンのような風体で背の高い?くん。

アヤワスカ体験があって腕に天空光と文字を墨入れたナントカって人。「アヤワスカは本当にごくたまにでいいよ。自分と本当に向き合いたい時」と言っていた。

サイケデリックなTシャツを着て、少なくなった髪を伸ばし放題にした、小学生のような雰囲気のおじさん。当時はどうしてもぼくは受け入れられなかった。誰かからトランスが好きなんだというような話を聞いたと思う。

在日韓国人で九州から来たうねった長い髪を持つ恰幅のいい男。豪胆で繊細な魂だった。グルーポの一員。まさに火、焔。(※追記する)

沖縄出身で埼玉のトーマくん。なぜかぼくは彼に惹かれてしまった。親しみやすいというかなぜかとっつきやすさを感じてしまったのだろう。全然関係ないのだが、ぼくがグラフィック・デザインの専門学校に行っていたときに少し仲の良かった知人に顔立ちに共通するところが見受けられたことに起因する。それに少し訝しがりながらも色々話をしたり面倒をみてくれた。名古屋の?と三人で青い家の屋上でジョイントを巻いて吸った。「ボンですな」なんて言ったりしたかもしれない。二人ともニコニコとしていた。そのときには名古屋の?も大きく見えた。サルバドールの夜の空は赤みがかるので、それが何でかなんて話をしたように記憶している。どっかが赤い光を発している、町の灯りが空を赤くしているというように話したと思う。マピア前に会っていて、葦の葉(だったか何だったか)で編んで作った(と言っていたように思う)小さいスケボーを使っていた。ナヲヤドのグルーポに参加する、そのためにここに留まる、と言っていた。そんな機会無いから、と。中肉で、白いタンクトップに破れたジーンズを穿いていた。黒か紺色のニットキャップか、タムのような帽子を被って髪をボサボサにセミロングにいかないくらいか伸ばしていた。口ヒゲと、頬と顎にヒゲがあって、沖縄人らしい濃い顔立ちだった。
みんな独りで決めて、ここに来ていた。
マピア後に来てまた会った。グルーポに、首から下げるプラスティックのしなるバチで叩く中くらいのタイコの一員として参加していた。
アヤワスカのせいなのか、マピアでの体験で少しパニック気味なのか正気を失って世界や感覚と完全にズレている僕と会って、「まだアヤワスカ抜けて無いから!」なんて笑って言ってくれた。
ブルーハーブの話をした。リリックやスタイルはああいう風だけど、言ってることは合ってると思う、というように言っていた。

グルーポの一員で、参加するのは二度目だという京都のドイスさん。すごく親切にしてくれた。ナヲヤドのことやサルバドールのこと、色々案内や内容は憶えていないが話をしてくれた。本当に手厚い、親切で、グルーポの活動や旅に対して情熱と、熱い想いと魂を持った人だった。
「何でドイスなんですか?」と聞くと、単純に「ウン、ドイス、トレース(ポルトガル語の1、2、3)や」と言っていたと思う。
ハンチングを被ってタンクトップを着ていた。痩せた体つき。
後に日本で、愛知県は岡崎市にあるイオンモールの前を、ドイスさんとおぼしき人が車の後部座席に乗って少しの不安と驚いた様子、放心気味で口を開けた表情で辺りや建物を見回しながら、が通過していったのを、ぼくは目撃している。

ナオヤさん。角張ったほお骨で色白。神様タッチに伸ばした黒い髪の毛。訪ねたときに2階の階段からドタドタと股間の局部が膨らんで見えるブラジリアンブリーフ姿でドタドタと降りて来る様が懐かしい、印象に残っている。
後にyoutube上で拝見したら、髪を短くカットしていて、白髪が混じり、また違った落ち着きと風格が出ていた。時間が経ったのだなとホントに感慨深い。
マピア前にお会いして、アヤワスカを飲みに行くつもりだと言うと、「サント・ダイミ自体は聞いたことがある。アヤワスカ自体は良いものだと思うんだけど、結局はそれを使う人だと思う、宗教で集団でやるのはどうなんだろう…」というようなことを口にされていた。
マピア後にサルバドールの路上で日中お見かけした。
日本から来られたきれいな彼女と一緒にいて、アヤワスカ上がりで世界と大分ズレのある僕が無理に親指をグッと立てると、あまり見たくないものを目撃したようにビクッとされて、挨拶を返してくれた。彼女さんは笑っていた。
当日はサイケデリックにペイントした白い布を身にまとい、パーカッションを連打していた。グルーポを指揮し、まとめ、路上に氾濫する地元のバイアーノ、バイアーナたちから「ジャポネース、ムイトボン!(日本人とってもいいね!)」なんて称賛されていたように憶えている。
人から聞いたところによると、何でもナオヤさんがトラベラーとしてブラジルにいたときに、そのときの大統領からの恩赦で、そのときブラジルを旅していたトラベラー全員に永住権が与えられるといったことがあったそうな。(スーパーラッキーじゃん、それ!)それでナオヤさんはそのままブラジルに居着き、ここサルバドールにて日本人宿『ナヲヤド』を開いたんだと。本当には、ホントかどうかは知らない。

もう完全に出会った日本人の人物紹介になってしまった。それほど多くの日本人と出会った。

(未完了。要編集&まだ書き足す。更に、また思いだし次第、まとまり次第書き足す・編集し直す。)